カテゴリー

お知らせ

2018/05/17 (Thu)

4月末にご紹介したひょう柑(期待の品種、弓削瓢柑)

予告していましたピール作りに挑戦します。

 

樹なりのひょう柑。ペクチンが多く含まれるためマーマレードやピールなどの加工むきの柑橘。

 

≪材料≫

ひょう柑 

グラニュー糖 皮重量の6割

仕上げ用のグラニュー糖 適量

ひょう柑の果汁

 

今回は3玉でピールを作ることに。

もちろんもっと大量に作ることができますが、まずは気負わず作れる量にしました。

 

≪作り方≫

①ひょう柑を櫛形に切り、果汁を搾る

②皮から内袋ごと果実を取り除き、皮を計量。さらに白い部分をこそげ落とす。

③皮を使い方に応じてカットし、3回ゆでこぼす。

④湯をきった皮にグラニュー糖を3回に分けて弱火で煮詰める。

 ※3回目は①で搾った果汁を加えて煮詰める←果汁を加えるのがジューシーに仕上げるコツ!

⑤バットに並べて冷やし、仕上げのグラニュー糖をまぶして出来上がり。

 

①細長いピールに仕上げたかったので、櫛切りに。搾った果汁も後で使うので残しておきます。

 使う玉数に応じて大さじ1杯ずつ使用するので今回は大さじ3杯分です。

 

 

②内袋ごと果実を取り除き、皮を計量。

 皮は310gありましたので煮詰める際に使うグラニュー糖は186g。

③苦味が出る白い部分をこそげ落とし、この半分くらいの太さにカットしました。

 

 

この後ゆでこぼすこと3回。

お湯を切り、さらにグラニュー糖を3回に分けて加えて煮詰めていきます。

 

④3回目に残しておいた果汁も加えることでジューシーに仕上がります。

 

冷やす際はバットにくっつかないようにクッキングシートなどを敷くことをお薦めします。

今回は買い置きが無かったのでアルミホイルで代用しました。

⑤バットに広げて冷まします。最後にまぶすグラニュー糖は飾り程度なのでお好みで調整可能です。

 

3玉でバット2つ分のピールが完成。

今回は1時間半程度で完成しましたが、食べ終わるのはあっという間です。

ぜひお試しください!

 

▼そんなひょう柑のご注文はこちらから。5月いっぱいまで販売予定です。

http://muchachaen.shop-pro.jp/?pid=101128799

2018/05/15 (Tue)

柑橘栽培の起点は春。

三月、葉を縮めて冬の寒さをこらえていた枝々から柔らかい春葉が吹き、

目に見えて樹が動き始めるのがわかります。

剪定に、病害虫の対策に、農家も来るべき収穫に向けた手入れがにわかに立て込む季節です。

四月に入って小さな蕾が顔を見せるようになると収穫のイメージがさらに膨らみます。

今年はどうやら蕾の数が多く、花付き良好でどうも豊作基調になりそう。

樹勢のバランスが崩れないように着果量を抑える一年になりそうな気配がしています。

 

前年の収穫がほぼ終わって新たな一年がはじまる春は、

耕作面積を減らす農家から増やす農家へ、畑のやりとりが行われる時期でもあります。

みかん栽培の全盛期であった40年、50年ほど前には、

ここ明浜でもみかん園は高額で取り引きされたそうですが、

農業人口が減るいま、なかなか良い値では売買されません。

畑の貸し借りはほとんど無償というところも少なくなく、

作りにくい畑や農道から距離が離れた畑から借り手がつかずに放棄されることになります。

全国有数の柑橘産地として通っている愛媛県の海岸部は、

急傾斜で入り組んだ地形や古くに築かれた石積みをそのまま生かしている畑が多く、

とても仕事がしやすい効率の良い条件とは言えません。

それでも営農の礎は地域で産地を形成することにあり、

何とか畑を受け継いでいこうと、作れるものが作っていくのです。

 

この春、明浜の狩浜地区では昔から無茶々園でみかんを作られてきた

原田和男さんと片山悟さんが農家を廃業されることとなりました。

傾斜地での柑橘栽培は日照や排水には恵まれる反面、決して楽な仕事ではなく、

年を重ねるにつれ、また家族の働き手が少なくなるにつれて手の回る範囲が小さくなります。

それぞれに事情があっての判断となりましたが、

同じ地域で有機栽培に一緒に取り組んできた方の引退は寂しいものです。

 

”栽培”条件には恵まれているものの、”生産”条件はなかなか厳しい地形です。

 

無茶々園ではこの20年の間に10名ほどの農家が廃業されてしまいましたが、

狩浜地区ではそのほとんどの畑が次の農家に受け継がれています。

今年廃業されたお二人の畑も、無茶々園のメンバーを中心にすべて作り続けて行くことになりました。

農家が畑をやめることになるとまずは親戚関係や特に近しい農家に耕作をあたっていきますが、

畑が多い場合にはもっと広く声を掛けていかねばなりません。

音頭を取る農家があればその人を中心に、あるいは地域の農家が集まって、

どう畑を維持していくのかが話し合われます。

そうして、拡大する意欲のあるところ、後継者のできたところ、

海外実習生が入ったところには優先的に畑を渡していくことになります。

無茶々園の直営農場部門であるファーマーズユニオン天歩塾でも、

一時期は明浜でのみかん作りからは手を引いていましたが、

この数年で明浜のみかん畑が2haほどまでに増えることになりました。

畑を受け継いだ農家の耕作面積は増え、一人当たりの面積も拡大しています。

いままで通りの範囲で済ませたいのであれば荒れるに任せれば良いものかもしれませんが、

狩浜は畑を守る意識が強く、その美しい石積みとともに地域の生産基盤を受け継いでいこうとしています。

農家の経営やみかん作りのあり方も少しずつ変わっていきますが、その歩みをまた一歩進めたこの春です。

 

時代時代に応じてかたちをつつ、この地域を継承していきたいもの。

2018/05/12 (Sat)

5月に入り行楽日和が続いていますね。

今日はドリンクボトルのセールのお知らせです。

 

yaetoco4周年を記念して制作したドリンクボトル。

デトックスウォーターの流行に乗っていざ販売!となりましたが時すでに遅し・・・。

100円ショップの台頭などにより在庫を多く抱えることとなってしまいました。

 

 

 

そこで今回から在庫処分価格でご案内です。

1,296円から75%OFFの324円で販売!

 

実際に日頃ドリンクボトルを使っている無茶々園スタッフの活用法を紹介します。

 

お茶に入れて持ち歩こう!

 

事務局スタッフの岩下の使い方です。

「朝、お茶を飲むときに多めに作り、無茶々園の事務所に持って出勤します。

 体を冷やしたくないので、常温で飲めるところが気に入っています。」

 

 

 

出汁の作り置きに。

 

ドリンクボトルを冷蔵庫に入れて出汁の作り置きをしている高瀬。

「水とだしいりこを4~5本入れて冷蔵庫へ。

 鍋やタッパーと違って、ドリンクボトルはスリムで場所を取らないのでとても便利です。

 寝る前に冷蔵庫に入れて、だいたい2~3人分のお味噌汁用の出しが作れます。」

 

 

 

ご自宅で仕事場でピクニックで。

 

無茶々園の柑橘を使ったシロップ作り、デトックスウォーター作りにはもちろん、

飴やチョコなどのお菓子、コーヒー豆、パスタ、調味料入れにも使えます。

ボトルが透明なので中身が見え、冷蔵庫での保管容器としてもおすすめですよ。

暖かくなってきたこの時期から様々なシーンで活躍すること間違いなし!

 

▼そんなドリンクボトルのご注文はこちらから。

http://muchachaen.shop-pro.jp/?pid=127191734

 

2018/05/08 (Tue)

ジューシーフルーツ一大産地、愛媛県愛南町

無茶々園の春から初夏にかけての看板娘「ジューシーフルーツ」。

そのさわやかな風味とたっぷりの果汁は、これから汗ばんでくる時期にぴったりな柑橘。

無茶々園ではジューシーフルーツと呼んでいますが、本来の品種名は「河内晩柑(かわちばんかん)」。

もともと熊本生まれのこの品種が、愛南町に伝えられたのは昭和46年のこと。

愛南町の温暖な気候に大変マッチし、少しずつその量を増やしていきました。

今では全国生産量の70%(約7,100トン!)が、愛媛県南宇和郡愛南町で栽培されています。

無茶々園のジューシーフルーツも大半(80%くらい)が愛南町でできたもの。

2018年現在においては、6名の生産者が愛南町で無茶々園流の栽培に取り組んでいます。

 

さわやかな風味とたっぷりの果汁が魅力。昔は「玉三郎」という名前で販売していました。

 

 

無茶々の里・明浜から車で1時間30分ほど走ったところに位置する愛南町。

明浜と同様にリアス式の海岸が広がり、温暖な気候と豊かな自然を活かした第一次産業が盛んな地域です。

海に面した温暖な地域という点では明浜と似ていますが、

農業の取り組み方はまったく異なっており、農産物の生産も柑橘のみではありません。

平野がしっかりと拓けているので米・野菜・畜産の取り組みも盛んであり、

急峻な山々の狭間に段々畑を築いた明浜とはスケールが違います。

重機をいれて大規模な畑づくりを行ったり、水田を整備して集落営農に取り組んだり、

生産性の向上にも余念がありません。

 

明浜を飛び出してはじめたファーマーズユニオン天歩塾やドリーム農園の甘夏畑も、

もっと生産性のいい平たんな園地で大規模な有機栽培に取り組んでみよう!というものだったのでした。

一方、海においては、明浜同様に真珠の養殖が盛ん。といってもこちらは母貝を育てるのが中心。

ここで母貝を育て、宇和島や明浜で核をいれて真珠を大きくしていくのです。

また、牡蠣の養殖も主要産業のひとつ。無茶々園でも浅海さんの牡蠣が冬の定番として親しまれています。

 

 

取り組み始めて早20年

無茶々園の歴史を語る際には、避けて通れないくらい縁の深い地域となっている愛南町。

とはいえ、明浜とはかなり離れた場所に位置しています。そんな愛南町になぜ無茶々園が進出したのでしょう。

愛南町でジューシーフルーツ生産者をまとめる重鎮、

豊田正俊(とよだまさとし)さんに取り組み始めたころの思い出話を聞いてみました。

 

この人なくして南郡の取り組みは語れない、豊田正俊さん。

 

 

豊田さんが無茶々園と接点をもったのは今から30年ほど前のこと。

宇和青果協同組合(※)で理事をしていた際に、無茶々園創業メンバーのひとり、

斉藤達文と知り合ったのがそのはじまりでした。

そんな縁もあって、豊田さんが畑を整理する際に甘夏畑を3町歩ほどゆずってもらうことになったのが、

無茶々園が愛南町で柑橘づくりを本格化させたきっかけとなりました。

そして、その甘夏畑の近くに植えられていたのがジューシーフルーツ。

創業メンバーの片山元治がそれを気に入り、試しに無農薬栽培で取り組んでみたところ、

落果防止剤を散布しなかったこともあってすべて落果。

こりゃアカン!ということで、それらの樹々はいったんすべて伐ってしまいました。

 

さて、それと同じころ、関東の生協パルシステムから

「ジューシーフルーツを無茶々園で作れないか」という問い合わせがありました。

せっかくなので愛南町の生産者に声をかけ、

無茶々園流のジューシーフルーツ栽培に取り組んでみようということになり、

地域農家のまとめ役を豊田さんに担ってもらうことに。

今から20年前、1998年ごろのことです。

 

南郡での取り組みを始めた当初からのつきあい、下田道雄さん。

 

 

主要生産者のひとり、下田道雄さんにそのころのことを聞いてみると、

「無茶々園の取り組みについては、前にラジオで聞いたことがあってな。

 畜産業を営んでいたこともあってすでに堆肥を使った園地づくりをしていたし、豊田さんに声をかけられたときは、

 ちょうどよい機会だと思ってぜひ取り組んでみたいと手をあげたんよ。」とのこたえ。

とはいえ、道雄さんのような生産者ばかりではなく、

当初は栽培ルールがきちんと守られているかどうか、圃場や倉庫の視察を入念に行っていました。

また、取り組み始めた当時は無茶々園の共同選果場もまだありませんでした。

ひとりひとりの農家の倉庫に段ボールを運んで個選し、ヒイヒイいいながら箱詰めを行っていたそうです。

そのころは携帯電話などまだ普及しておらず、

豊田さんは実際に各生産者のもとをまわり、モノを見ながら数合わせをしていたとも。

「あのころに比べたらね、今は携帯電話もFAXもあるし、共同選果場もできて相当ラクになったでね。

 その分、生産に力をいれていかんとね。」

当時の苦労を思い出しながら、楽しそうに話す豊田さんでした。

 

さて、愛南町におけるジューシーフルーツの取り組みも20年がたち、生産者も次の世代に移ろうとしています。

残念ながら亡くなってしまった人、後継が途絶えてしまった人もいますが、

ありがたいことに大半の生産者には後継者ができています。

これから先も無茶々園の愛南町におけるジューシーフルーツ生産は、まだまだしぶとく続けていけそう。

無茶々園が結んだ明浜と愛南町のつながり、これからさらに深くより良くしていきたいものです。

 

▼そんな「ジューシーフルーツ」の購入はこちらから

http://muchachaen.shop-pro.jp/?pid=90432978

 

※宇和青果協同組合

大正3年創立の宇和柑橘同業組合を前身とした古い歴史をもつ柑橘専門農協です。

昭和23年に農協法制定と同時に「宇和青果農業協同組合」として発足しました。

2009年にえひめ南農業協同組合と合併、組織統合されています。

2018/05/03 (Thu)

GW真っ盛り。皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

 

無茶々の里の段々畑ではみかんの花が咲き誇っていますが

柑橘の花は小さく繊細で、少し触れるとすぐに花びらが散ってしまいます。

昨晩の雨で農道にはたくさんの花びらが落ちていました。

散ってしまうのは少し残念な気もしますが、その後に見えるは小さな小さな果実。

この実が暑い夏を越え色づいていくのを想像するのもまた楽しいものです。

 

 

日射しがさせば汗ばむほどの陽気となるこの季節は、

甘夏やジューシーフルーツなど大きい柑橘が勢揃い。

その中で異彩を放つのか「黄金柑」です。

明治時代から知られていた歴史的には古い品種ではありますが、生産量が少なく

「幻の柑橘」と評されることもある黄金柑。病気や害虫に強く基本的には

作りやすいのですが果実がピンポン玉大と小さいものもあり、収穫などの作業に

手がかかるのが悩みの種。全国的に生産量が伸びない原因の1つとなっています。

 

大きさは3.5~5cmくらい。ピクニックなどにどうぞ。

 

 

そういった背景がありながらも、無茶々園ではじわじわと本数を増やしています。

その理由を「やっぱり皮剥いてそのまま食べられるからやろう」と話すのは、

古くから黄金柑を作っている酒井烈(さかいあきら)さん。皮が厚い品種が多いこの時期に

少しでも食べやすい柑橘を作りたい、との思いがあるといいます。南津海(なつみ)

といった新しい品種とあわせて昔なじみの品種も残していかんしなあ、とも。

 

烈さんとフィリピン出身のデクスターさん。たっぷり実った黄金柑の前で。

 

 

皮をむけば果肉は柔らかく果汁たっぷり。見た目はとても酸っぱそうですが

そんなことはありません。5月に入り酸味が和らぎ、さらに食べやすくなってきています。

何よりも手で皮を剥いたときに広がる爽快な香りをぜひ楽しんでいただきたい、春の柑橘です。

 

 

▼そんな「黄金柑」の購入はこちらから

http://muchachaen.shop-pro.jp/?pid=100347384