商品のご紹介

無茶々園の今

我々は、自然という最大の財産を持って、生きている

  • [生産] 原点は、明浜のみかんづくり│変わらずに大切にしたいもの
  • [生産] てんぽなことはおもしろい│新しい農業のかたちを実践
  • [生産] 地域を越えた広がり│広がる生産の輪と産地間協力
  • [生産] 山を守ることは海を守ること│海の生産者と共に取り組む
  • [生産] 農家は国境を越えよう│ベトナムでの新たな挑戦
  • [販売] 無茶々園を皆さんのもとへ│農作業の結実を全国へ
  • [福祉] 生涯、夢を描いて│新しい地域福祉の拠点として
  • [産地] 社会や地域にかかわる│さまざまな取り組みが広がる
  • [産地] 地域の小学校を拠点に広がる無茶々園│活動と組織図

原点は、明浜のみかんづくり - むかしもいまもこれからも、変わらずに大切にしたいもの

農業組合法人 無茶々園
生産に関する協業、協同を図る目的で1989年に設立。農事組合法人の生産者は全園地加入、全量販売の共販体制を基本とし、みかん作りも日々の生活環境も共有しています。
生産者から理事を選出して無茶々園全体の運営にも中心的に関わり、常に地域の農業について話し合う場となってきました。無茶々園の活動の根幹になる組織です。
  • みかん作りの歴史

    明浜のみかんは三つの太陽に恵まれているといわれています。太陽の光に、海からの照り返し、そして段々畑の白い石垣からの反射。万遍なく光が当たり、味の濃いみかんが育ちます。
    この段々畑は、芋や麦の自給的栽培を行っていたころ、農地を少しでも広げるため先人たちが石灰岩を一つ一つ積み上げて築いたものです。
    みかん作りが広がったのは戦後のこと。人口増加と経済成長を背景に農産物の増産が図られるなか、適地として植栽が進められたのです。

  • 個性豊かな生産者

    地元の農業後継者が集まって共同園「無茶々園」を作ったころから、有機農業の地域への広がりを通じたまちづくりを描いてきました。
    いま農事組合法人無茶々園の生産者は、明浜の6集落(俵津(たわらづ)、渡江(とのえ)、狩浜(かりはま)、高山(たかやま)、宮野(みやの)浦(うら)、田之浜(たのはま))と隣接する宇和島市吉田町に暮らしています。40年を経て、創業の地である狩浜では7割を超える農家が加入しています。
    小浦が各々集落を形成し、里も人もそれぞれに個性がある。そんな地域に根を張った生産者たちが無茶々園の顔となってきました。

  • できるだけ自然のままに

    手探りで有機農業を模索した伊予柑の実験園に無茶々園の原点があります。地域への広がりのなか、共通の栽培指針を定めて無茶々園らしいみかん作りに取り組んできました。
    柑橘が実を結ぶのは一年に一度だけ。やむをえず農薬を使用することがあっても、一年に渡る栽培期間の中で最低限に抑えるように取り組んでいます。端麗な見栄えとは引き換えに、安心感と生命力のある産物を作り出していきます。

  • 次の世代へ

    無茶々園の創始者たち第一世代は長年に渡って生産の中心を担い、現役でみかん作りを続けています。続く第二世代は、いまの無茶々園を支える中核の生産者と未来を担う若手たち。親から子へ、地域の先輩から後輩へ、経験と技術は受け継がれます。
    この地の環境を生かした営みを続けていくため、自ら考え、地域で協調して未来を切り拓いていってほしい。がむしゃらに突き進んできた第一世代が次の世代につなぐ思いです。

無茶々園の成木園栽培方針
  1. 01除草剤や化学肥料は使用しない。
  2. 02農薬はゼロからスタートし、なるべく少ない回数に抑える。
  3. 03病害虫の発生がある場合、まずは有機栽培で使用可能な天然物由来の農薬で対応する。
  4. 04それでも抑えきれない異常発生時のみ有機栽培基準外の農薬を最低限の仕様で対応する。

てんぽなことは、おもしろい - 新しい農業のかたちを実践する

有限会社ファーマーズユニオン北条
2002年、松山市北条にて基盤整備を行った圃場の取得を契機に設立。
北条周辺に圃場を所有し、野菜、柑橘、果樹の生産と、農業研修施設の運営を行っています。 ファーマーズユニオン天歩塾
  • 新規就農者による大規模有機農業

    愛媛県内各地に農場を持ち、野菜や果樹、柑橘の有機栽培を行っています。 スタッフは全て新規就農者。農事組合法人内に位置づけている天歩塾とファーマーズユニオン北条の2つの組織体を持つ直営農場部門です。 新規就農者による大規模有機農場運営、企業経営型農業の実践と標準化を目指しています。

  • 生産から加工まで

    有機野菜を一年中楽しめるように、とのコンセプトで生まれた「かんそう野菜」シリーズ。直営農場で生産した有機野菜を製品に加工しています。
    農業生産は天候に大きく左右され、安定した販売が見込める加工品は企業的な農業経営を支える柱となりつつあります。生産から加工までを一貫して行い、新たな価値と仕事を生み出す。新規就農者が自ら経営を考えながら定着を進める新たな取り組みとなっています。

  • ファーマーズユニオン天歩塾

    新たに農業に関わり、地域に移り住む人材を受け入れるため、就農希望者の研修と農場運営を行っています。
    天歩塾は”向こう見ずな”に近い意味の狩浜の言葉”てんぽな”から名付けました。新しいこと、無茶なことでも恐れずにやってみる。これからの時代に新しい農業や生き方を模索していきます。

    新規就農者の募集

地域を越えた広がり - 愛媛に広がる生産の輪と、産地間協力の取り組み

四国エコネット
有機栽培に取り組む生産者と関係を築き、一般栽培からの緩やかな転換を提案する。明浜にこだわってきた生産活動を愛媛に広げ、無茶々園らしい栽培の拡大を進めています。
地域密着の組織である農事組合法人とは別に、生産者は「四国エコネット」会員として無茶々園の輪に加わっています。作付単位での取り組みを基本とし、農事組合法人の指針と同じ栽培から一般栽培までの幅を持って、栽培の内容に応じた出荷対応を行っています。
  • 明浜から愛媛へ

    明浜の柑橘栽培の先行きに大きな影を落としたのが1991年と2004年の台風被害。塩風害を受けると生産量の回復には長い年数を要します。生産地や品目の多様化は、販売先との関係構築にも、経営の安定化にもつながります。
    温暖な海岸沿いから冷涼な高原まで、変化に富んだ地理条件の愛媛では、適地適作でさまざまな農産物が作られてきました。明浜から愛媛へ、生産と販売の幅を広げています。

    四国エコネット

山を守ることは、海を守ること - 海の生産者とともに取り組む

  • 宇和海(うわかい)の恵み

    入り組んだリアス式海岸に囲まれた穏やかな宇和海。戦後の経済成長が進むまで、浦々ではイリコなど小魚を獲り、段々畑での畑仕事とあわせて半農半漁の生活を営んできました。
    山が直接海に繋がるこの地域では、農業と漁業の距離が近接しています。無茶々園では環境保全とまちづくり、産直販売に共に取り組むことで、明浜や近隣の漁師・加工業者と提携してきました。廃油を使った石鹸作り、地元の小学生とワカメを植え付け活動など、海の環境改善にも取り組んでいます。

  • 明浜のちりめん漁

    明浜の海は流れの速い豊後水道から穏やかな入り江へまで変化に富んでいます。石灰岩質の山からはカルシウムなどのミネラルを多く含んだ水が流れ込み、沿岸には豊富な魚類が集まります。昔からカタクチイワシの漁が盛んで、近年はイワシの稚魚・ちりめんじゃこ(しらす)の好漁場となっています。
    狩浜の網元・祇園丸(ぎおんまる)では、ちりめんの漁獲から加工、産地直送販売まで一貫して行っています。

    網元・祇園丸
  • 明浜の真珠づくり

    宇和海は全国でも有数の真珠養殖の産地として知られています。愛媛では真珠養殖の北限に位置する明浜。この地の環境は真珠の形成にも大きな役割を果たします。
    石灰岩の多い山を背景にした穏やかな海で、美しい巻きと照りを持つ真珠が育ちます。
    狩浜で真珠の養殖から加工、販売まで手掛ける佐藤真珠。手間と時間を惜しまず、品質の良い真珠を作り続けています。

    佐藤真珠

農家は国境を越えよう - ベトナムでの新たな挑戦

ファーマーズユニオンベンチャー
2008年に片山を中心に「ダクラックフラワー」を設立。2013年に「ファーマーズユニオンベンチャー」と社名を変更しました。
ベトナム中西部に位置する高原地帯、ダクラック省バンメトート市にて、有機農業の実践と普及、農産物のベトナム国内での流通と国外への輸出を行っています。
帰国した実習経験者に加え、日本人スタッフと現地スタッフが運営にあたっています。
  • 外国人実習生を迎えて

    無茶々園の生産者は2000年からベトナムやフィリピンの若者を農業技能実習生として受け入れています。
    高齢化が進む明浜では農家の重要なパートナーでもあります。しかし技能実習は単なる労働力の補填ではありません。農業技術や販売、生産管理の仕組みを身につけ、祖国へ帰った後に活かされることに意義があります。

  • ベトナムでのチャレンジ

    有機農業運動とともに歩んだ無茶々園は、国内では産直の仕組みを背景に思い描くまちづくりに取り組むことができました。
    それでも、いま明浜では高齢化と人口流出とともに新しい農業経営が求められ、他方アジアの農村地域では経済拡大のなかでかつて明浜が経験したような激動の時期を迎えようとしています。
    日本の農家もこれからは国境を超えて農業に取り組まなければいけない。無茶々園が手にした産直と地域づくりの仕組みをアジアに広げたい。
    創始者のひとり片山元治がベトナムに渡り、無茶々園らしい海外事業の展開を模索してきました。

無茶々園を皆さんのもとへ - 農作業の結実、地域の産物を全国へ

株式会社地域法人無茶々園
1993年、海産物の販売など農事組合法人で扱うことのできない事業を展開するために設立しました。地域の多様な産物を全国に発信することを目指して、無茶々園に「地域法人」を冠しています。
狩浜と西予市宇和町を拠点に、営業・販売のほか、選果・出荷場運営、生産情報管理、仕入管理、商品開発、加工品の委託製造など、非生産部門の様々な業務を行っています。
  • 産直事業の窓口

    消費者との距離が近い産直販売を営業活動の基本としています。個人顧客への直送のほか、生協、宅配事業者、小売店をはじめとした事業者向けに各商品を販売しています。
    柑橘をはじめとした青果物は会員農家、契約農家の生産がすべて。その年の気候を踏まえて生産状況を見極め、生産者と密にコミュニケーションをとりながら、無茶々園の農業の一部として取り組んでいます。

  • 選果・出荷場の運営 

    西予市宇和町に大型選果機を備えた宇和選果場を整備しており、光センサーを用いた糖度・酸度測定や等級分けによって、流通品質の安定をはかっています。
    機械もさることながら、ベテラン選果スタッフの鋭い目もなくてはならないものです。日々、全国各地に出荷されてゆく柑橘。シーズン中の出荷現場は目まぐるしく動き、明浜の段々畑とはまた一味違う無茶々園の姿が垣間見えます。

  • 加工品にもこだわって

    旬の柑橘を主原料にしたストレートジュースやマーマレード。明浜産の梅を昔ながらの製法で漬け込んだ梅干し。素材の持ち味を生かし、添加物を使わないシンプルで奥の深い風味の加工品です。
    柑橘産地である南予地方には柑橘を専門とする加工施設が立地しており、近隣の加工業者と連携して開発と製造を行っています。
    近年、加工品のパッケージデザインのリニューアルを進めています。中身の良さはそのままに、より多く、幅広い層の方に届く商品作りを目指しています。

  • 生産のとりまとめと情報発信

    産直の信頼性を高めるのは正確な生産情報の取り扱いです。最近の通信環境の向上に先んじて作業日誌の導入を進め、生産管理体制の構築に努めてきました。現在はクラウドを活用して作付・生産情報のとりまとめを行っています。
    また、事業、活動について理解を深めてもらうためには情報発信が欠かせません。個人消費者に郵送している「天歩」は150号の発刊を重ね、インターネットを活用しながら広く産物・商品や取り組みについて伝えています。

    無茶々園 ショッピングサイト
新たな価値を創る

柑橘の果皮から抽出された精油を使用したオーガニックコスメ、雑貨ブランド「yaetoco」を展開しています。この名称は、狩浜の秋祭りに登場する牛鬼(うしおに)の掛け声である「ヤーエートコー(浜は良いところ)」からとりました。地域発のコスメブランドです。
yaetocoをはじめとして、これまでの枠組みにとらわれない、地域の新しい価値を生み出す商品開発にも挑戦しています。

yaetoco

生涯、夢を描いて - 新しい地域福祉の拠点として

株式会社百笑一輝 ひゃくしょういっき
2013年、高齢者介護を中心とした福祉事業を目的に設立。
無茶々園でホームヘルパー講座を受講したメンバーが中心となって立ち上げ、西予市明浜町俵津地区にて「めぐみの里」と「海里(みさと)」の2つの福祉施設を運営しています。 百笑一輝
  • 農業団体が作る福祉

    家族で営んできた農業では、高齢化とともに福祉の負担がその継続性にも影響を与えます。
    日本労働者協同組合連合会に参加するとともにホームヘルパー講座を開講し、福祉の人材育成からスタートしました。

  • 生産から加工まで

    お年寄りが加工用ポンカンの皮をむき、果皮から抽出した精油を利用してyaetocoの商品化を行っています。農業と連携し、介護予防とあわせて、年を重ねてもできる手仕事の場を提供する取り組みを進めています。
    新たな福祉サービスなど、地域で求められていること、必要な仕事を自ら形にすることで、地域の人たちが生きがいを持って輝き過ごせるようなまちづくりと、そのための人材の育成を目指しています。

  • めぐみの里、海里

    デイサービスセンター、有料老人ホームとして、めぐみの里は2014年、海里は2015年に開所しました。
    共に生きる、共に働く、自宅で最期を迎える。この理念のもと、介護予防を重視した福祉事業を行っています。また、新たな仕事起こしを通じて、高齢者だけではなく子供や障がい者を含めた総合的な福祉サービスを行う拠点作りを目標としています。

社会や地域にかかわる - さまざまな取り組みが広がる

  • 子供たちへの食育授業

    無茶々園の産直事業では、栄養士さんとの関係性を築いて学校給食にも取り組んできました。
    生産物を出荷するだけではなく、生産者やスタッフが学校に赴き、普段は食べ物の生産に触れることのない子供たちに農業や漁業のはなしを伝えて続けています。

  • モノだけではないつながり

    生産者と消費者のお互いの顔が見える交流が産直のかなめ。消費者の親近感と生産者のやりがいを強めます。
    生産者が消費地に出向いて交流を深める。お客様が訪ねて来られたなら、地域ならではの暖かいおもてなしで歓迎する。強いつながりを生み出すのは顔を合わせた交流にあります。

  • 食を通じて

    地域の高齢者に弁当を配食することで、健康に暮らしているかどうかを定期的に確認する。地域の食文化を訪れた人に味わってもらう。
    生産者の女性を中心に、弁当の配食や惣菜作りを行っている「てんぽ屋」。食を通じて地域を豊かにする小さな取り組みです。

  • 地域社会の新たな担い手

    ファーマーズユニオン天歩塾・北条の農場スタッフや株式会社地域法人無茶々園のスタッフの多くは、明浜町外、愛媛県外からやってきました。新規就農者の募集や新しい事業展開を通じて、明浜への移住が進んでいます。
    生産者とともに事業に取り組み、地域行事にも積極的に関わる。
    新たな価値を創り発信するとともに、地域の歴史、文化や自治をつないでいく一員となろうとしています。

地域の小学校を拠点に広がる無茶々園 - 活動と組織図

無茶々園グループ関係図
  • 地域の小学校を拠点に

    2016年、明浜事務所が前年に廃校になった旧狩江小学校内へ移転しました。かつて子供たちが授業を受けていた教室でスタッフが事務仕事にいそしんでいます。校舎の窓からは狩浜・枝浦地区の整った段々畑が見渡せ、農家と事務スタッフのお互いの仕事ぶりがよく見えて気合いが入ります。
    旧狩江小学校の各教室では複数の事業所や団体が活動しています。小学校区の狩江地区(狩浜と渡江)で廃校利用が検討され、地域が希望する事業者が共同で利活用する形をとりました。施設名を「かりえ笑学校」として利用がはじまり、地域内外の多くの人が訪れる新しい拠点になることを目指しています。

  • 天皇杯受賞

    平成28年度 農林水産祭むらづくり部門にて、「地域協同組合無茶々園」が天皇杯を受賞しました。 試行錯誤を繰り返しながら栽培体系を確立し、産直販売 や六次産業化、ITを活用した生産管理などのビジネスモデルを構築したこと。急傾斜の段々畑で40年以上にわたり有機栽培・食の安全安心の取組みを実践していること。漁業者と連携した環境維持活動や、女性が活躍する福祉事業や配食サービス。段々畑を活用した交流事業、廃校となった小学校校舎の活用。 これまでに無茶々園が取り組んできた事業・活動が総合的に評価され、優れたむらづくりの事例であるとして表彰をいただきました。

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