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西日本豪雨から1年が経過して

2019.07.06

無茶々園の明浜事務所から高山地区に向かう途中にも柑橘が根こそぎ流れてしまった畑があります。「ここの土を耕してからみかんを植えようと思ったけんど、山の上からの土砂は固くてよう耕せん。苗木を植えるところだけ掘ってなんとか植えれたわい。」と被災後の畑の上で語るのは、生産者の宇都宮亮尚(うつのみやすけなお)。西日本豪雨から1年経った今、状況をまとめてもらいました。

 

 

昨年7月7日の西日本豪雨災害から1年が経ちました。この一年で国道・県道や大きな河川、住宅の復旧は進みつつありますが、小さい河川や市道・農道の復旧はこれからです。隣町の宇和島市吉田町のみかん畑の状況については、ニュースでご存知のかたも多いと思います。昨年の西予市明浜町狩浜地区の状況についてですが、狩浜地区も川が氾濫して、たくさんの家が床下浸水しました。それで、豪雨災害のあとまず家の周りの片づけから始めました。

 

農作業を始めようにも、土砂崩れで農道4ヶ所が通れなくなっており、ここでも一苦労。土砂の量が3ヶ所共2トントラック200台分ほどあり、撤去に1週間ほどかかりました。建設業者が主で、若手農業者や外国人研修生の手も借りて復旧にあたりました。そのうち1日は、地区住民全体で土砂の撤去作業に協力していただき、やっと農道が通れるように。

 

そしてみかん園地ですが、狩浜産地のシンボルでもあります石灰岩で作った「白い石段」。かつての時代に、先人の作り上げた「白い石段畑」のすごさを改めて感じました。うちの畑も崩れたのは、石垣のない斜面の畑で、25年育てた極早生みかん「日南1号」の木約40本が、土砂とともに流れました。今年3月に、温州みかん「南柑20号」の苗木170本をその園地に植えました。表面の土が流れたところに植えた経験がないので、みかんの樹の生命力を信じて見守っています。皆様も産地の復活を応援してください。

(宇都宮亮尚)

 

 

亮尚さんの土砂が流れた畑には温州みかんの苗木が植えられています。「これからきちんと育つのかは分からんが、みかんを信じて世話していくだけよ」と苦労の中にも期待の心が垣間見えました。この畑の温州みかんがたわわに実をならすのは数年後。畑の復旧への道のりはまだまだ長くも、一歩ずつ確実に進んでいます。

 

新しく植えた苗木の前で。

 

上:豪雨から1か月 下:1年が過ぎ、モノラックの修理も進んだ。

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