昨年は米の価格高騰が大きな騒ぎになり、一年経ってもどう落ち着いていくのか見通せない様相です。物価が全体的に上がっていますが、なかでも農産物や食品は価格の上昇が大きく、みなさんの生活も、そして私たちのような農産物の生産地にとっても変化の大きい時代になったことを実感します。
明浜の段々畑の風景。みかん畑と住宅が近い。
また、傾斜が急であり、みかんの運搬にモノレールが必須です。
みかんの値上げ
みかんをはじめとした商品の価格も値上げする方向に改定する機会が多くなり、お付き合いいただいてきた皆さんにこれまで通りの価格で提案できないことは心苦しくも感じています。
地元の青果市場では高価格でみかんが取引されるようになり、農家の販売行動もJAを含めた既存の集荷団体から離れて市場や個人販売へと動きが加速したようです。無茶々園も農家団体であると同時に集荷団体であるとも言え、他人ごとではありません。価格上昇は生産農家にとっては経済的に良いことでもあるのですが、産地のあり方を改めて考え直さなければならない時代でもあります。
消費者物価指数を見ると、みかんの価格はバブル経済が終わる1990年頃から30年近くほぼ横ばいで豊作不作による上下だけが繰り返されていました。2015年頃から緩やかに上昇がはじまり、2022年から上昇幅が拡大。2024年には急上昇して今に至っています。
売り買いという面ではどうしても安価に越したことがないわけで、正面から価格の話をするのはあまり気持ちの良いものではないかもしれませんが、この機会にみかん産地から見てこの数年間に進んできた変化についてざっとまとめてみたいと思います。
5つの変化
① インフレ傾向で農業資材や送料などが値上がりしている
② 最低賃金の改定によって人件費も上がっている
③ みかん栽培や果樹産業には構造的な問題がある
④ 生産者個人が取り組める販売チャンネルが増えた
⑤ 環境保全型の農業をどう地域で取り組むのか
①資材等の高騰
まずはインフレ傾向の影響です。みかん栽培でも肥料、農薬といった資材から燃料、機械類などの値上がりが続いて生産コストが上がっています。例えば有機栽培でも認められるマシン油という農薬は石油価格の影響を受けやすく、10年前にくらべると2倍ほどの価格になりました。また、傾斜地での運搬に欠かせないモノレールの設置費や改修費も跳ね上がって農家の悩みの種となっています。言うまでもなく送料やダンボールなど出荷に掛かる費用も上昇しています。
2023年に肥料工場を取得。少しでも生産コスト削減できるように努めています。
②人件費も上がって
人件費の面では、外国人の技能実習生が入る農家もあるほか、収穫などの繁忙期には採り手の雇用も行っています。政策的に最低賃金が改定され続けてていることもあり、みかん栽培でも毎年人件賃が上がっています。裏を返せば、畑の現場では最低賃金あたりでみんな頑張っているとも言えるのですが・・・。
家族経営が主であったみかん農業は今では実習生やアルバイトの雇用も多くなっています。
③構造的な問題が
そして、こういった表層的な価格上昇の要因に加え、みかんや果樹に関してはより根本的な課題が背景にあります。
全国の農家数を調べた統計では農家の数はずっと減り続けており、なかでも果樹農家の減り方はかなり激しいようです。みかんやリンゴは戦後の農業改革で全国的に産地化が進められ、一気に生産量が増えた結果として安価で手軽なイメージの果物となりました。しかし数十年をかけて農村からの人口流失と生産者の減少が進み続けたいま、温州みかんの生産量は1970年代のピーク時に比べると5分の1以下にまで減少しています。
基盤整備が困難な傾斜地の畑が多く、機械を活用できる作業が少ないのが果樹栽培の特性でもあります。米なら来年作付を増やすことも容易ですが、果樹は植えてから収穫までに何年も要するため、一旦下がった生産量はそう簡単には回復できません。長期育成型であることが目の前の需給の調整をより難しくしています。
段々畑には味にかかわる良い点がある一方で幅が狭く、機械を基本的に使用できないなどといった作業性が悪い点もあります。また、「さご畑」と言われる石垣を築いていない急傾斜地にもみかんが植わっているので立つのにも一苦労です。
④販売の変化
生産だけではなく販売面でも環境が変わり、最近は農家にとっての選択肢が広がっています。以前は集荷団体との専属的な関係性が強かったのですが、独占禁止法等の指導もあってかかなり緩やかになり、農家も自由な販売活動が行いやすくなりました。SNS等のツールによって発信や販売活動には誰でも取り組めるようになり、ふるさと納税の盛況もその後押しに。結果として単純に市場で価格が決まるのではなく幅広い価格決定が行われるようになり、生産量が少なければ少ないほど青果市場でも競争的な仕入が行われるようになってきました。
⑤無茶々園の取り組み
さて、こういった環境のなか、有機栽培や特別栽培(基準から農薬・化学肥料を50%以上削減した栽培)に取り組んでいる農家のグループである私たちはどう考えていくべきでしょうか。環境や健康への配慮を優先していますが、一般的な栽培に比べて病気や虫害による生産リスクが高く、草刈りなどの作業負担もより大きい栽培方法です。最近では温暖化による夏の長期化がこの取り組みにくさを益々助長しています。
持続可能性という意味でも、栽培を続けていく後押しになるような環境作りが大事です。来年、再来年といったスケールではなく、家族経営型であれば後継者に託すことができるかどうか、またゼロからのスタートである新規参入が継続して成立するだけの生業になるかどうか、より長い期間をイメージして価格のことも考えていきたいものです。価格を決める最大の要因であるみかんの生産量を回復するためには、もしかすると、生産方式や経営手法に大きな変革が必要になるのかもしれません。
天歩を通じて
価格の変動は農業の価値が見直されている証とも言えます。しかし、有機栽培や産直を支える理念のひとつとして、消費者とのコミュニケーションや相互理解の構築も忘れるわけにはいけません。今回は産地から見た最近の価格から感じることをご案内しましたが、「天歩」を通してお伝えできるだけでも大きなことです。価格の背景をただ説明するのではなく、共に未来を考える対話を続けたいと願っています。今後とも率直なご意見やご感想をいただけるとうれしいです。