「山水でいれた風呂入ったことあるか?」飲み会の席でそんな質問をされるのは、たぶん私だけではないだろう。温泉地帯であれば「うちのお風呂は温泉で〜」と言われても違和感はないが、「山水(湧き水)でいれた風呂」となると、どう反応していいのか少し困る。普通の風呂となにか違うかたずねると、「水質が違ってなめらかなんよ!」と話が始まる。相づちを打ちながら聞くのだが、この話を聞くのはこれでたぶん5回目くらいだ。これからも飲み会の度にこの話になってしまう気がしたので、実際に確かめることにした。
まずは山水を知るべく取水場へ
狩江の段々畑を、さらに上へ上へと登ると「権現山」という山がある。この地域でいちばん高い山だ。狩江では昔から、川や井戸の水を生活に取り込んできた。畑の水やり、家事、風呂に。権現山の頂には小さなお社があり、干ばつの年には人々が雨乞いに訪れてきたという。
飲み会で話してくれた川越文憲さん(通称ゴエさん)に案内していただき、段々畑から歩くこと30分。竹やぶに覆われたそこに取水場があった。大きな一枚岩の隙間から水が少しではあるがしみ出ていた。
岩の間から水がしみ出る場所を嬉しそうに案内するゴエさん。
パイプの先には土つまり防止の細工がしてある。
昭和42年の約3か月にわたる大干ばつをきっかけに、権現山にある川越家の畑から塩ビパイプをつなぎ全長約1㎞を引いたそうだ。高低差を利用し、山のふもとにある川越邸までひきこむのだが、自然の中に設置してあるので影響を受けることもある。大雨の後には土が流れ込みパイプが詰まったり、冬には凍ったりもする。そのたびに直しにいくそうだ。
山から家まで引かれているパイプ。長すぎるその距離に当時の必死さが見える。
パイプが詰まった時には2往復して修理することもあるそう。
いざ入浴
夕方、川越邸に着くと火入れが始まっていた。風呂焚きはゴエさんの担当。蛇口をひねりその水をため、薪をくべて沸かす。薪は自分の畑で伐採したみかんの木。
肝心の感想はというと確かに肌あたりがやさしい。湯冷めもしにくい気がした。
山の水をたどり、風呂に浸かると、ここにある暮らしも偶然残っているのではなく、人の手と時間の積み重ねの中で続いてきたものだとわかる。いつも見ている風景も、誰かが関わり、手を入れ続けているからこそ、今も変わらず生活の中に残っている。