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段々畑のさらに上、マッコロバシに行ってきました

2021.07.03

2019年に国指定の重要文化的景観に指定された狩浜地区の段々畑。いまはみかん畑が全面に広がるこの場所は、昭和30年以前は芋や麦といった自給用作物を主に生産していました。飽食の現代とは異なり、かつては食料確保こそ集落の最優先事項。農産物の生産を少しでも効率化すべく、人々は急峻な斜面を切り開いて見事な段々畑(沢沿いには水田)を作り上げたのです。

しかしながら、時代が移りゆくなかで放棄されてしまった場所も多々あります。「マッコロバシ(馬転ばし)」と呼ばれる水田もそのひとつ。利用されなくなった今でも、そのうずたかく積み上げられた見事な石垣は、知る人ぞ知る絶景ポイントとして語り継がれています。

 

さて、マッコロバシに至る道は複数あるようですが、今回は正攻法?である「平岩」という畑を抜けるルートでアタックしました(大袈裟)。先導を務めるのは、農家の沖村智さん。地域の歴史と段々畑について精通されているので、安心して後ろをついていくことができました。

 

最初は多少の道はあれど・・・

 

途中からはまともな足場すらなし。

 

片山無さんのレモン畑の横を抜け、東側の沢に沿うように上へ上へと登っていきます。しばらく進むと道はどんどん荒れ始め、水田の跡地に茫々と伸びた竹。その先には、もはやまともな足場などありません。道なき道を切り開きながら進んでいきます。20分は歩いた頃でしょうか、何度も何度も竹林を抜けた先に、遠目からでもはっきりとわかるほどの、立派な石垣が見えてきました。

 

高さ8メートル以上もある石垣は、想像以上にド迫力。石垣の“のり面”の反りはきつく、てっぺんから根岸と呼ばれる麓までかなりの距離があります。昔の若い衆はこの根岸までおしっこが飛ばせるか競い合っていたそうな。お下品ですが微笑ましい話です。私も小学生のころならノリノリで参加していたことでしょう。マッコロバシの凄みは高さだけではありません。面積もかなりのもの。きちんと測っていませんが、案内してくれた沖村さん曰く「5畝(500㎡)くらいはあるんじゃないか」とのこと。沢沿いにあり、かつては水田として利用されていたので足元はかなりジュルい(ぬかるんでいる)。里からはかなり距離がありますが、貴重な稲作ができる水田として人々の暮らしを支えていたのでしょう。

 

とにかく圧巻なのは石垣の高さ。8メートルは優にあります。

老人たちは「ビシャグモ」と呼んでいたそうですが、その由来はいまとなってはわかりません。

 

もともと水田だったのでぬかるんでいます。

柑橘栽培による収入で米が買えるようになった昭和40年頃に、放棄されたのではないかと言われています。

 

最後に、この素晴らしい石垣を組んだ匠をご紹介。その名は「上村與十郎(かみむらよじゅうろう)」。代々この地域で石工を営む家系に生まれ、成長して狩浜随一の石垣づくりの名人になりました。マッコロバシを築いたのは、江戸末期から明治にかけてのこと。建造から150年ほどが経ち、もはや使われることはありませんがその雄大さ、逞しさはいまだ失われておりません。その姿はもはや芸術品。貴重な文化的地域資源として、道の整備も含めて保存していかねばならぬのでは?とも思います。この記事を読んで興味を持たれた方。コロナ禍が落ち着いたら、一度見に来てみませんか。

 

【参考】マッコロバシへの道。道さえ整備されていれば片道15分ほどですが・・・

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