お知らせ

天歩とともに歩んで

2025.07.12

無茶々園創立メンバーの1人、片山元治の妻であり、機関紙「天歩」の編集メンバーでもあった片山恵子さんに書いていただきました。

 

無茶々園は50年以上、天歩は創刊から30年以上経ちました。当時はどちらもこれほど長く続こうとは思ってもみませんでした。傷のない、見栄えのよいみかんを大量生産するために、より多くの化学肥料と農薬の使用が必須と考えられていた時代でしたから。数人の農業を始めたばかりの若者が言う農薬なしの無茶苦茶な生産法は、指導団体の農協や役場関係者、地域の経験豊かな先輩方にとっては無謀きわまりない。言っても聞きそうにもない態度に、「なんち、てんぽなやっちゃ(何て無鉄砲なやつらじゃ)」と。案の定、大量の病害虫や大干害、大型台風の大樹まで枯らす甚大(この言葉の意味を理解したのはこの時)な被害には、もはやこれまでかと。行く先が見えなくなった時に、いつも支えて下さったのは街の生協や消費者団体、市場では見る事もない見栄えのよくない果実や大量のジュースの買い取り、共生基金ともなった資金援助など。また、ジュースの加工やみかんの品種、生産の仕方には、その道の専門の沢山の先生方に暖かい指導を頂きました。今さらはでありますが、ずっと見守り支え続けて下さった方々に心からお礼を伝えたいです。本当にありがとうございました。

 

「天歩」を始めた私達も、後期高齢者になって次世代に生産を託し、今は町外や県外から移住してきたたくさんの若くて優秀な職員や、外国人実習生達が生産ばかりでなく事務、加工、選果、老人施設などで働いてくれています。孫世代は方言を話す子も少なくなり、「てんぽ」も死語になりそうですが、いい意味で天へ歩んでいけそうです。

 

天歩編集メンバー(2001年頃)

 

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